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November 22, 2004

「老いを思う」

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 “老い”とは、一体何であるのだろうか?
“おい”は、日本の伝統社会では、“生い”“老い”“追い”という3つの意味を持っていた と言われている。
 一方、現在の中国語中辞典で『老(lao)』の意味を調べると、十数個の解釈があるが、おおまかに集約すると①“いつもの、もとからの”,②“年を取っている”、及び③“歴史、経験をが長い” と3つの意味がある。

 生いは、もと(生まれたとき)からの状態であり、生きている いつもの状況である。 
老いは、年を取っていることである。 
追いは、『泥棒に追い銭』と云うように、追加するという意味であり、人間にとっては経験や智恵を追加し積み重ねていくと云うことである。
 人生は、まさに“老い”への道であり、生きていることが“おい”そのものである。
 老いは、一体いつ頃から始まるのであろうか?
それは、母親の胎内で卵子と精子が出会い受精卵になった時から始まる。受精卵と云う一個の細胞が、数え切れない程の細胞分裂を繰り返す中で、あるモノは神経細胞になり、またあるモノは血液細胞になると云うように役割が与えられ、やがて“赤ちゃん”と云う個体が生まれ出る。
 私たち人間には約60兆の細胞があり、その細胞核には染色体がある。この染色体というのはDNA(遺伝子)が紐状により合わさって出来上がっている。また、そのDNAも二本の紐がねじれ合っている二重らせん構造をしている。つまり染色体と云うのはねじれた二本のDNAが、さらにねじりあがって造られている。
 染色体の両端には、ねじれを留めて解けないようにしているテロメア(末端小粒ともいう)と云うモノがある。このテロメアは細胞が分裂する度に、だんだん短くなっていくことが観察されている。このテロメアが短くなっていく、即ちこれが老化である。20~30歳代の若者のテロメアは、60~70歳代の高齢者のテトロアに比べ1.5倍長くなっていることが分っている。
 テロメアが、細胞の分裂するごとに短くなっていく体細胞によって造られている私たちの身体は、母親の胎内で卵子と精子がドッキングし受精卵が出来た瞬間から、老化し、いずれは死んでいくような仕組みが出来あがっているのである。  まさに“落葉帰根、必死帰土”である。

 されど、“生命は不滅である!”
私たちの身体は、体細胞と生殖細胞によって出来ている。体細胞というのは、神経細胞や血液細胞で、現在を生きるために働いているものである。これに対し生殖細胞は,卵子と精子が受精することによって、明日の世代をつくるために働くものである。
 この二種類のうち、“老い”という変化をとげるのは体細胞のグループのみである。さきに述べた短くなったテトロアを伸長するのはテロメラーゼという酵素であるが、これは生殖細胞を活性化するが体細胞には効き目がない。それゆえ人間という個体は死に到るわけである。
 しかも、生殖細胞の方は,うまく受精すれば次の代の個体として生き延びていくことができる。体細胞には必ず死があり、生殖細胞はうまく次から次へと世代間をバトンタッチ出来れば、永遠に生き長らえることが出来るわけである。

 ここまで書いてきてふっと思い出されるのが、中国に古くからある道教や儒教の死生感であり、“孝”の概念である。
 両親から受け継いだ個体は『身体髪皮これを父母から授く、あえて毀傷せざるは孝のはじめなり』と大切に扱い、良き配偶者と出会い子を授かる。
そして、死ねば個体は魄(はく)として墓地に葬られ、魂(こん)は個体から抜け出て大地と天の間の空間をさ迷う。子や孫が墓前や祭壇で香を焚き祈りをささげる。すると魂と魄が合体してしばし生き返り懐かしい子や孫に出会えるという----。
 孔子の孝の概念は、親から受け継いだ体を大切にし、子をもうけ子孫を絶やさない。そして代々生を受け継いだ祖先を大切に祭り、この世に呼び戻す。そうすることにより家族・親族を中心とする命の連続性を信じ確認することであろう。
 また生命の連続性を信じ、それにもとづく祭事を行なうことによって、死の不安や恐怖を和らげ、克服するということにも繋がっているのである。 
 このような死生感は、上で述べた生殖細胞が不滅だと云うことと照し合わせて見て、大変興味深いものがある。


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November 19, 2004

「あなたの心にそっと触れさせていただきます」

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あるとき、珍しい挨拶言葉にであった。 「イ ラン カラプー テー」という。この挨拶は、「あなたのこころにそっと触れさせていただきます」という思いを表したものであるとのこと。
アイヌの人々が、初めて出会った人に必ず交わす挨拶である。やさしい気持ちの籠った挨拶であると思う。
 
 新しいものとの出会い、ことに人との出会いほど愉しいものはない。
そのような愉しい出会いは、「ハロー」「グッバイ!」だけのものではなく、またミートと訳せるようなものではない。
 出会いには、親と子の出会い、男と女の出会い、師と弟子との出会い、いろいろな出会いがある。
私のようなシニアにとって、なんといっても愉しいものは仲間との出会い、新しい友との出会いである。

 「彼とはチョットした出会いよ」「出会い系サイト」など、出会いは、何かロマンティクな甘いモノを連想しがちだが、果たしてそうなのだろうか。
ある哲人は、この出会いを「クロス・エンカウンター」と云った。エンカウンターには、偶然の出会い と云う意味のほかに、困難や敵に遭遇すると云う意味も含まれている。 クロスには、十字架や踏み切りの他に、試練、受難、苦難などの意味もある。
 出会いとは対峙する二人の人間の係わりようである。こころ引かれ相手の胸に飛び込んでいこうとする心と、そうはさせまいとする心との間の執拗な戦いであるというと云う人もある。

 しかし、還暦をすでに過ぎた今では、もうこのような己が心と心が戦うことには、もう疲れきってしまた。
「イ ラン カラプー テー」というような魂と魂が少し触れ合いような出会いがよい。
 パソコン通信のフォーラムやインタネットのホームページでの掲示板で、見知らぬ人々と意見を交わす、いろいろなテーマについて討論・意見交換を繰り返していく内に、その人柄や人生観が分かって来て、数十年来、往き来した友のようになる。
そのような人とオフで地上で出会うと懐かしさの余り抱き合ってしまうことがある。まことに愉快なひとときとなる。ネットワーク上のお付き合いが、オフ(ネットワーク外)の愉しい出会いに変わってしまう一瞬である。

 また、地上での付き合いでは、ワイワイがやがやと喋りながら、お互い過去のことには触れず、ちょっと相手の心に触れるような、そんな気のする付き合いがよい。
 ここ数年、ココロザシと世代をほぼ同じくするヴォランティア仲間で、お互いに「イ ラン カラプー テー」と云いあえるような友人が数名出来た。なんとなく嬉しいものである。
 そして、またまた『あなたの心に触れさせていただきます』といえるような新たな友に出会いたいものである。

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November 16, 2004

猿になった日本人?

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馬鹿な!猿と人間は共通の祖先を持つとは云え、いまさら人が猿になる筈がないではないか。では、なぜ猿になったと云うのか。 霊長類の研究者によれば、ニホンザルはその行動を観察するかぎり死を認識出来ないらしい。
 一方,ネアンデルタール人が住んでいたと推定される洞窟に多くの花々を供えた墳墓があったこと、五十万年以上前の原人のものとされている宮城県の上高森遺跡からは、花弁状に並べられた石斧が出土したりすることから、考古学者はこの頃には人類は既に死を認識していたと見なしている。
 しかし、現在の日本人は死を認識しているのだろうか。自分たちが死なねばならないと云うことを忘れ去っているのではないだろうか。

 私達は、いったい、いつまで生き長らえるのであろうか。かって、ある先達は、
『老いの坂 のぼり登りて跡見れば
          あとの遠うさや 先の近さや』(読みびと知らず)
と詠んでいる。
 WTO(世界保健機構)は、加盟192カ国の平均寿命を毎年発表している。2002年の統計では、日本は男女計の81.9歳であり、世界1平均寿命が高い(男78.4歳、女85.3歳でいづれも世界一、また健康寿命も75.1歳で世界一)。
 日本人の平均寿命が50歳を超えたのは、第二次大戦後である。明治20年代は、男が43歳、女が44歳。昭和9年は男が44歳、女は47歳であった。 戦後10年の昭和30年には男が50.6歳、女が54.0歳とな
った。そして、昭和63年には、男75.5歳、女81.3歳となっている。
 近世では、日本人の寿命はどうだったのか。ある研究者が飛騨地方の、ある村落のお寺の過去張から、1771年から約百年間にわたる平均寿命を算出したところ、男は28.7歳、女は28.6歳となっている。このように寿命が短かったのは幼児死亡率が高かったうえに、食糧事情や衛生状態が悪かったからなのであろうか。
 “いのち”の長さを、文人を例にして見るならば、江戸前期の井原西鶴は51歳で、後期の松尾芭蕉は50歳で逝っている。
 明治に入ると樋口一葉はわずか24歳で、石川啄木も26歳で逝っている。芥川竜之介は35歳(自殺)、夏目漱石は50歳で、そして森鴎外はやや長く60歳で亡くなっている。

 このように、第二次大戦期までは日本人の平均寿命は50年にも達していなかった。 しかし、今や人生80年超の時代である。この延びた30年と云う期間はいったい何であるのか。特別に長生きした人達を除いては、私達の祖父母或いは両親達が経験したことのない時間である。いま、熟年者にとっては『あとの遠さや 先
もなお遠き』の状況である。
 戦後、私達日本人は、戦勝国アメリカ、豊かな国アメリカに憬れて、民主化、封建制打破を叫び、一方産業面では更なる近代化を推し進め、アメリカと肩を並べる経済大国になった。そして、その結果工業化、都市化に伴なう農村の凋落、また家族制度の崩壊による核家族化、小子化が進展していった。
 しかし、そこには近世において概ね50歳を過ぎると隠居し村落においてモメゴトを調停し、気象異常時等に若人たちの相談にのっていた、いわゆる老人たちの役目は喪失してしまっていた。
 また、家庭にあっても孫(主として、長男夫婦の子供達)にお伽話などを語り聞かせ、立ち振る舞いなどの躾(しつけ)を行なっていた祖父祖母の役割も失せていた。

 このような産業面、家庭面の変化に関連し、もう一つの変化を私達は見逃してはいないだろうか。
 それは、“生命観”の変化ではないだろうか。かって年長者は、翁や媼(オキナやオウナ)として尊ばれ、年いかない子供達も大切にされ躾られていた。 今や、老人達は無力な者、醜悪なモノとしてと遠ざけられ
るつつあり、子供達の躾は家庭では放置され、教育ママと呼ばれる人からは“勉強せよ”“塾へ行け”と尻をたたかれ、そのくせ子供達の躾はすべて学校に委ねられている。 いまや私達が、知らず知らずのうちに身につけてしまったのは、かって狩猟民族であったアングロサクソンの “若さを賛美し老いを恥とする”生命観ないしは人間美の観念であろう。それは、集団の先頭に立って獣に挑む若者のイメージであり、太陽のもと汗でギラギラ輝く肉体であり、猛禽のような鋭い目である。また、女もホルスタインの雌牛のような豊頬な肉体がもてはやされる。
 そこには、長幼に対する想いなどはなく、すべて性的能力に結びついた美的感覚が存在するだけである。まして、死を連想するようなモノは微塵も見られない。

 かって、日本人は種をまき、花を咲かせ、その草花が秋の終りには虚しく枯れ果てていくことを毎年経験して来た。ヒヨコを飼い、成長したメンドリからは貴重な蛋白源である卵を毎日のように得ていた。卵を産まなくなったメンドリは絞め殺され、人たちの食卓に上る。枯れゆくもの、殺されるモノ、死んでいくモノを日常のなかで見聞きして来た。
 人々にとって、生や死は身近なものであった。弟あるいは妹が、隣の部屋で産婆さんにに取り上げられ生まれ出る、オギャーという産声を好奇心と、なにか新しいものに出会える
と云う興味心で、聞き耳を立てて聴いていたものだった。 お年寄りが病になって床に伏す、家族が代わり変り面倒を見る。しかし、その看護も薬石も効なく、やがて息を引き取っていく。そこには、老いゆく姿、死を見つめる幼い孫達の姿があった。

 このような状況は4、50年前のことであって、いまは医療技術や施設の発達したこともあって、出産も、老人の治療そして最後を看取ることも殆ど大部分が病院で行なわれている。
 私達は、生の現場、死の現場から隔離されて久しい。たとえ、親族友人や会社関係の知り合いが亡くなっても、ただ葬儀という儀式に参加しているだけである。

 このような生活環境の変化、モノの豊かさに向け経済大国になるまでにガムシャラに働いてきたこの数十年間、その間に先に述べたように生命観等の変化もあった。
そして死へ認識が薄れ、意識的にも死を忌避しようとし、その結果死を忘れ去っているのではないか。まさにニホンザルにまで落ち果てたのである。

 水や空気のように、私達の命は使い放題なのであろうか。他人の死などをみて、死をわかったように思っているが、それは他人の死であり、まくまで人様の死である。
自分は遥かかなたの何十年先まで生きると思っているのであろう。このような思いは、生に対する傲慢さを産み、自分の生に対する配慮を欠き、生を浪費するように自らを追いやっている。ましてや他人に対する思いやりなどは出て来る筈はない。最近各地で起こっている無関係な人を殺傷する事件などは、生や死に無関心なコトの1つの結果ではなかろうか。

 死を見つめるコトは、生を見つけることである。人生を見つめなおし、やり直す切っ掛けでもある。また幅広い生命観や多様な美的感覚を持つことに繋がるものであると思う。
 明日、いや今宵逝くかも知れない この命、いやいや まだ果てしなく続くかも知れぬ生涯の長き道。
 もしもその道が続くならば、爽やかに明るく自分なりの歩みで、進んでいきたいと思う。 

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